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津波と記憶

心と思考
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津波の記憶

先日、新潟県で最大震度6強の地震が発生し、津波も日本国内に到達したようです。

地震の揺れも大きくて嫌ですが、「津波」という単語を聞くとどうしても身構えるようになりました。東日本大震災による影響です。

大きな災害が発生しても、自分の身に降りかかった場合を想定して準備を行なうのはなかなかに難しいことです。防災訓練を真面目にやっている人がどれだけの人数いるか、思い返していただければわかると思います。

地震の揺れは、日本のどこにいても、ある程度の頻度で遭遇する可能性のあるものなので、まだ何割かは真面目に防災訓練を行なう人がいると思います。では津波はどうでしょう。

津波で被災したことのある人、影響を受けたことのある人は、真面目に考えるようになったかもしれません。でもそれってどれくらいの人数がいるのでしょうか。ここ50年の地震被災者と津波被災者の人数を比較すると、雲泥の差があると思います。そのためか、地震に対しては日本全体でイメージを共有し易く、記憶にも残りやすいものだと思います。

津波についてはどうでしょうか。この50年間で歴史に残るような津波は2回だけです。平成5年の北海道南西沖地震と、平成23年の東日本大震災です。50年間でこの頻度だと、「日本のどこかに大きな津波が来た」というニュースをリアルタイムに経験していない人も数多く生まれてきているわけです。肌で感じていない「危険だよ」という教えは、そのうち風化してしまうものなのです。ましてや広い日本の中で、自分と関係のない地域だから興味ないという人もいることでしょう。

何が言いたいのかというと、今回の新潟県の地震で「1mの津波が到達する」可能性があるとニュースが伝えた際に「たったの1mかよ」と思う人が世の中にたくさんいたという恐ろしさです。
1mの津波は、遭遇したらほぼ亡くなるというものなのですが、知らない人も、恐ろしさを感じない人もたくさんいるのです。

こういうものは、恐ろしさを知っている人間が語り部になるしかないのです。啓発するしかないのです。「(津波の)1mは1命取る:いちめーとるはいちめーとる」というような覚えやすいものを広めるのも良いですし、なによりただ単純に「真面目に対策をする」という姿を見せるだけでも伝わるものは伝わるのではないかなと思います。

戦争体験なんかも、似たようなものなんだろうなぁ。
これまでの戦争体験者であるおじいちゃんおばあちゃんの言葉を噛み締め直す機会にもなりそうです。

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ちなみに僕は

東日本大震災発生の一週間後に学会発表を控えていました。研究室でポスター等々の最終調整に明け暮れてワーワーやっていた頃、学会に参加しない組がテレビを見ていて「お前らやばいことになってんぞ」と報告に来たのが第一報でした。

それからは先生も合流して、テレビでもなかなか正確な情報がない状況なので「ひたすらテレビを見て情報収集を続ける組」と「ひたすら無駄になるかもしれないポスターの完成を急ぐ組」に分かれていました。

学会では飛行機で仙台空港へ行き、会場まで移動する予定でした。
もしかすると飛行機飛ばないかもしれないから、電車や船まで想定して、なんとか交通手段を検討していました。

その仙台空港は津波に飲まれました。

結局、学会発表は中止となりました。
しかし頭の中はそれどころではなく。地震発生が一週間違ったら、自分たちが津波に飲まれていたかもしれない、というかたぶん飲まれていただろう。そんな恐怖が頭をぐるぐると駆け巡っていました。


ということで、僕は実際には直接的な津波被害にあっていませんが、我が身に起こったかのように感じています。おかげさまで訓練や情報を得る機会があるたびに真面目に取り組ませてもらっています。

自分が沿岸部に住んでいなくても、津波被害に合う可能性は充分にあります。
海水浴だとか。上記のようにたまたま立ち寄る予定だったとか。
そんな場合を自分のなかでイメージして、取り組んでみましょう。

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