青い鳥文庫で『パスワード探偵団』シリーズを連載されていた松原秀行先生が亡くなられた。

松原先生は僕の人生を変えた作家先生の一人である。
先生を偲び、思い出と影響を少し語ろうと思う。

今に続く「初めて」たくさん与えてくれた作品
最初は歳の近い兄が読んでいた影響で読み始めた。
僕が小学校に上がってすぐに始まったシリーズものの『推理小説』だ。青い鳥文庫を推理小説と分類していいのかはわからない。”推理物”とか”謎解き物”の『児童文学』と言われる方が多いのかもしれない。Wikipediaにはそういう方向性で書いてある。しかし当時の僕にとってパスワードシリーズ第一作『パスワードは、ひ・み・つ』はしっかりとした『推理小説』だったのだ。
初めてのドキドキ
そもそも小説、挿絵はあれどもひたすらに文章が書いてある本を自分で読んだ最初の記憶がこの本だ。それまで読んだことがある本といえば絵本だったり、なぞなぞがたくさん書いてあったり、コミックっぽかったり。スパイ物も読んだ記憶はあるけど『スパイの秘密道具!』とかそういう本だった。
この本は初めてのドキドキをたくさんプレゼントしてくれた。
ちゃんとした「事件」が起こった!
青い鳥文庫なので起こる事件としては最初は大したものじゃない。小学校低学年からするといい感じにワクワク。……からの、しっかりとした『事件』が起こってハラハラドキドキ。こんなことが起こるだなんて信じられなくて、何度かページを戻って読み直した記憶がある。
シャーロック・ホームズ、少年探偵団、そして推理小説

シャーロック・ホームズや少年探偵団に興味が湧いたのもこの作品の影響だ。『名探偵コナン』がシャーロック・ホームズと少年探偵団の入り口だという人も同年代だと多いと思うが、記憶の限りだと僕はパスワードシリーズが先だ。なんでかというと、僕はアニメ版コナンを初めて視聴したときに殺人事件が起こってビビり散らかしたからだ(笑)。この数年後に緋色の研究を図書室で借りたけど難しすぎてまだ読めなかった。そういえばいまだにシャーロック・ホームズシリーズは小説でしっかりと読めていないな。緋色の研究はその後もう一度チャレンジして読破。四つの署名はなぜか親の本棚に漫画版があったのでそれを読み、バスカヴィル家の犬や恐怖の谷は映画で観た。江戸川乱歩は怪人二十面相が難しくて怖くてこれまた読むのを断念した記憶。
その後推理小説自体に興味をもち、青い鳥文庫の夢水清志郎シリーズを(兄の影響もあって)読んだり、高校生では森博嗣のS&Mシリーズを(兄の影響もあって)読んだりと、僕の読書趣味は松原先生から始まり、兄に導かれて進んでいるのだ。ちなみに兄は活字中毒である(笑)。
松原先生を偲び、しばらく推理小説を積極的に読む期間をもうけても良いかもしれない。
モールス信号
モールス信号で『S・O・S』を覚えたのもこの作品のおかげだし、未だに覚えているモールス信号はこれだけだ。それでもモールス信号の中では頻出なのでその後のいろんな部分で「あ、これはSOS信号だ!」と解る場面が多々あった。最近だと『はいよろこんで(こっちのけんと)』という曲でもおなじみの『・・・---・・・』である。覚えやすい。
あまずっぱい「恋」のお話
主人公の”小海マコト”くん。”主人公らしい主人公”をした、リーダーシップたっぷりの少年だ。そこに恋をしsた……?のが”林葉みずき”さんだ。いま振り返って気が付いたけど、僕がショートカット黒髪健康系美少女が好きなのは林葉みずきさんの影響がデカいかもしれない……(笑)。なにしろ魅力的で、カッコよくて、そして、なんていうか、かわいいとかじゃなくて(かわいいんだけど)”素敵”なのだ。
そんなみずきさんとマコトくんのなかなか進展しない(けど小学生的にはドキドキ)な『恋の物語』を初めて読んだのもこの本かもしれない。ちなみにしばらく犬といったらダルメシアンだった。
パソコン通信
他にも『小鳥遊(たかなし)』の読み方を知ったのもこの作品。将棋がおもしろそうだなって思ったのもこの作品。と、今振り返ってみると本当に『初めて』をたくさん受け取った作品だ。
そしてとっても大きいのが『パソコン通信』の存在だろう。
主人公たち”少年探偵団”は最初チャットで問題を出し合い、謎解きを出し合う『ネット友達』だった。それがオフ会を開いてみんなで会ってみたら割と近くに住んでいて……みたいな話だった気がするが、今考えると恐ろしい話ではある(笑)。ちゃんと大人(ネロ)の監視付きだったのがさすがだ。さすがネロ。ネロはカッコいい。いまWikipediaを読んでみたところ30代半ば設定らしい。あー、僕が小学生を微笑ましく誘導してる感じかー。と考えてみたら、ネロもとても楽しかったんだろうなと思う。こんなにも純粋な少年少女たちが成長していくのを見られるのは最高だ。
さて、この『パソコン通信で問題を出し合う』という文化が僕らの心にとても響いた。当時はまだインターネットが一般的という程ではなく、親のパソコンをなんとか借りて……みたいな時代だった。と思う。だから実際にはパスワードシリーズを数巻読んだ数年後かな?に、パソコンでインターネットサーフィンをしていたらまさしくそんな掲示板サイトを発見したのだ!名前は覚えてない。当時は掲示板(BBS)文化で、パスワードシリーズに感化された様々な小中学生が集う公式サイトみたいな存在のサイトだったと思う。みんなで謎を出し合い、それを解く。「これが、こうだと思うんだけど……」「なんかそれっぽいのは出てきたんだけどなんか違う……」「これだ!!!」そんなことをみんなで話していた。問題は紙にも書いて悩みまくった気がする。とてもとても健全で、とてもとても幸せなインターネット空間だった。そこには確かに『探偵団』があった。
そういや僕がタイピング速度を求め始めたのも、このチャット掲示板で「とにかく早く答える」「相手よりも正確にたくさんの言葉で論破する」ためだったかもしれない(笑)。
作者降臨
このサイトには、たまにネロ……ではなく作者の松原先生が降臨することもあった。今思うと、そもそもこのサイトが松原先生かその関係者の作ったサイトなのかもしれない。
松原先生の書き込みはやはり特別で、みんなしっかりと読んでいた。だって僕たちのネロだもん。
その際には先生も問題を投稿してくれた。ちょとだけ難しく、でもちゃんと考えれば解ける。理不尽さはない。そんな大人を感じさせる投稿だったと思う。
小学生だった自分には本当にキラキラしていて、特別な場だった。荒らしなんてのもほとんどなかった。空気が読めてない子がいるのは変わらないけど、それもインターネットらしくていい感じの悩みというレベルだった。
初めてのウェブサイト作り

兄がウェブサイトを作った。彼は中学生になっていたように思うので、たぶん僕が小学校高学年の頃だと思う。HTMLという呪文めいたものを使って、レンタルスペースなるものを借りて、FFFTPという謎のソフトを使ってウェブサイトを作ったのだ。その名も『パスワードの館』。先のサイトと同様に掲示板(BBS)を設置して、ファンサイトのファンサイト、みたいな感じだったと思う。そこに当時好きだった漫画の絵をペイントで書いてアップロードしたりと、徐々にウェブサイトに参加する側からウェブサイトを運営する側にも興味が出てきた時期だ。
この数年後、中学生の時に僕は初めてのウェブサイトを作ることとなった。インターネット老人会ネタでよく言われる”キリ番報告”ももちろんあったし、文字も左右に動いたよ(笑)。marqueeタグだっけか。
そこからずーっと、HTMLだけじゃなくてCSSが出てきたり、ウェブサイトがブログになったり、掲示板文化が終息していったりと形を変えながら、でもなんだかんだその道がこのブログまで続いている。本当に松原先生の作品は僕の人格どころか人生を形成してくれた偉大な作品なのだ。
あれからいくつものサイトを見てきた。
でも。
後にも先にもあんなに健全で、夢中になれて、趣味を共有できたサイトは無い。
松原秀行先生、本当にありがとうございました
そういえば兄が松原先生のサインがある何かを持っていた記憶があるな。
まぁそれは置いておいて。
先生がご存命の間に、大人になってからもファンレター……いや、ファンメールを送るべきだったと思う。本当に偉大で。僕にとっての”ネロ”だった。この感謝の気持ち、小学生に夢を与えてくれて、それがずっと生き続けてることをお伝えするべきだった。もう青い鳥文庫もパスワードシリーズも卒業してしまっていたけど。たぶん先生もそれを想定して作品を書いていると思うけど。
だけど。だけど。
先生の作品で育った大人がいるんだよ、ということをもっとお伝えしたかった。
なのできっと、このインターネットの海を漂って、いつか先生に届くと信じて、ここに書いておこうと思った。僕もきっとネロになるよ。先生。

コメント