知らず知らずのうちに100%を目指して、結局世に出してなかったりとか、諦めたりとかしたことって結構多くないですか?僕はめっちゃあります。
今の僕は、100%を目指すのって百害あって一利なしだと思っています。
なんでかというと、100%を目指すのはコストが高すぎるのと、言い訳がしやすくなるからです。
『60%を目指そう』
配信でもよく言ってます。
今日はこれについて軽く触れていきます。軽く。そう、60%くらいの気持ちで。
## 結局やれてないこと多くない?
100%を目指すのはコストが高すぎる、と書きました。
ここで言うコストは、労力,時間,精神力,金などです。
感覚的にですけど、一般的に10%から60%に持っていくコストと、60%から80%に持っていくコスト、80%から90%に持っていくコスト、90%から95%に持っていくコストってそれぞれ同じくらいじゃないかと感じています。

「この作品がひとつ完成すれば人生終わっても良い」とか考えてるなら、100%に向けてそれだけのコストを支払う価値はあるでしょう。美術家さんとかそういう感じな気がします。
でも僕はそうじゃないです。
そもそも器用貧乏なので、10%から60%へのコストが他人より低いというバフを持ち、80%以上に仕上げるコストが他人より高いというデバフを持っています。なので悪手でしかないです。
僕が何かを表現しようとしたら『60%の乱立でフワフワとしたデカいものを作る』が適しているわけです。
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前述の芸術家さんとかは『ガッチリした密度の高いものを作る』人達ですね。
あと100%を目指すのは言い訳がしやすくなるとも書きました。
「100%の出来じゃないと満足できないんだ!世に出すのが恥ずかしいんだ!」という人は多いと思います。
そして自分ができない理由にしてしまいます。
100%にするためのコストが足りない。だから私は才能がないワケじゃない。
体力さえあれば、時間さえあれば、強靭なメンタルがあれば、金さえあれば……。
そんなの精神と時の部屋を使える金持ちサイヤ人くらいです。いねぇよ!
でも『頑張った自分』は残るんですよね。自分の中に。
それで満足。
いや、それで満足できるならそれでいいんじゃないっすかね?
僕は違うので、違う方策を練ります。
ということで、僕が60%の精神へ頑張って移行している現状を少し晒します。
100%の精神からの脱却
わかりやすい例がこのブログです。
僕の脳内で「ブログかくあるべし」が強くなり過ぎた
『ソメジログ』には”日誌”という部門?があります。
この日誌が生まれた経緯のひとつに”60%の精神”があります。
60%の精神があるっていうことは、元は”100%の精神”に近かったわけです。
それが『100%に近い完成度にしないと記事を公開できない』という病です
ここから脱却したかったから、その第一歩として日誌部門を作りました。
日誌部門ができた理由はSNS(主にX)がスラム街と化したので平和につぶやける場所が欲しくなった、というのもひとつですが……。
この病の原因は、染次郎の脳内イメージの「ブログ」が結構しっかりしすぎてたことです。
なんていうか「ちゃんとした情報をまとめて」、「意味のある情報にして」、ということに結構こだわってたんですよね。
(これにもちゃんと理由があるんですけど、60%を目指しているので割愛します。そのうち理由部分を記事にしたらリンクが貼られていることでしょう。)
ブログに書くことに真摯になりすぎてて、こだわりすぎてて、結局「アウトプット量がすくねぇな!そこに価値はあるのか!魅力はあるのか!」ということにさらに悩んでたんですよね。
こうして書いてるとどう考えても「もっと力を抜いて書けよ」という結論に至るのは自明なんですが、それは本人がいろんなパラメータを弄って悩み抜いた挙句に整理したからです。「みんなもっと時間をかけてる」とか「筆が速い」とか「才能」だとか、etc,etc…
そんなことをたぶん10年近く悩み続けてたと思うです。
なんせ学生の頃からWEBサイトを作り、ずっとうまく運営できなくて作っては消し、作っては消し、と悩んでリセットしての繰り返しでしたから。
SNSは「強制60%装置」である
みんながSNSに流れる理由もわかります。
だって「60%にせざるを得ない」仕組みなんですよ。あれ。
140文字だっけ?にテキスト量が制限されていれば、そりゃ書きたい事を全部書ききるのは難しいです。
写真撮って、ひとこと、とか。
考えてることを「どういう背景があって、どう考えてるか」まで書く余裕はなくて「考えてる」ことだけしか書けないとか。

しかもそれなりの人が読んでくれて、ちょっとは反応(いいね)が付くわけです。
ブログは数千文字書いても誰も読んでくれないのはザラです。基本的に反応もありません。あぁ非情無情。
みんなもブログにコメントとかほとんど書いた記憶ないでしょ?でもSNSにはリプとか送るっしょ?そういうこと。
だからみんなSNSをやる。
SNSの良い所だけ吸収しよう
逆に言えば「60%にせざるを得ないツールにしてしまえば、みんな気軽にポンポンと投稿する」ということなんですよね。これは僕にも言えたことで、強制60%ツールであるSNSを数年間堪能してました。えぇ、楽しかったです。
つまり僕もブログに強制60%ツールを取り込めば、楽しく気軽にポンポン投稿できる可能性があるわけです。
で、実装してみました。
えぇ、成功です!
ただこのままだとちょっと足りない。
この「足りない」というのは、やりたいことに、僕というコンテンツを見てもらうことに、魅力を、価値を生み出すのに足りない。『60%のブログ記事』じゃなくて『60%のつぶやき』なんですよね。
いまそこで「お前にそもそもそんな価値あr(略」とか考えた人!歯を食いしばれ!
まぁそんなこんなで、今までの『100%ブログ記事』と『60%のつぶやき(60%の記事ではない)』との間でいい塩梅を見極め、キメラを生成して『60%のブログ記事』を生み出せる様に目下努力中です。
今の課題:『動画を作るのは大変だから全力を注ぎこめ』をしない
こんな具合にいろいろ悩みながら進んできています。
配信も60%……70%くらいのコストでできるようにしてるからか、2年間程続けることができています。
これはリスナーである染めっコさんたちが楽しんでくれているというリターンによって、コストに余裕ができているというのが大きいかもしれないですね。

さて、今年の目標として『動画投稿をたくさんする』というのがあります。
しかし現状、昨年末に【ベースを弾いてみた動画】(これは良い感じに60%だと思う)を投稿した以外は、ショート動画を2本投稿したのみです。
いま3月に入ったので1ヶ月に1本のショート動画ですね。
これが長尺動画、いわゆる『横動画』であればまぁ許せるペースなんですが。
ここで自分の動画製作について分析をしてみましょう。
動画を作るコストが高い
動画を作るのには様々なコストがかかります。
それこそ先述の通り、労力,時間,精神力,金など。
割と体力勝負なとこもあったりしますし、動画の再チェックや見直し・修正などに時間がかかります。
なかなかできなくてメンタルも削れますし、なんだかんだ撮影機器やソフトなんかにお金もかかっています。
そこまで注ぎ込んだものに対して「とりあえず60%」をするのは勇気が要ります。僕は要ります。
まぁおそらくは損切とかが苦手なタイプでもあるんでしょう。株式投資をするなら長期保有じゃないと破滅するタイプですね。
これまで作成したことのある動画を観返して、何を考えて作っていたかを思い出してみます。
すると基本は『他の人と似た動画になっていないか』を気にかけていました。
個性が必要です。
オリジナリティが必要です。
他の人や界隈と似たようなテンプレートで作るのは、おそらく成功への近道です。
ですが、それじゃあ『楽しくない』んですよ。
僕は成功したいんじゃない。
『楽しく成功したい』んですよ。
ではどうすれば両立できるかを考える必要があります。
いまのところはオリジナリティを出すのに『演出』や『キャラクター』に頼るところが多いようです。
他の人がやっていないシステムや図解,オリキャラ。
それは良い事だと思います。
ただ問題なのは、それらを思いついたら全部一度に詰め込もうとしていることです。
この演出は入れたい。
あの演出も思いついたから入れたい。
このキャラクターでいきたい。
それならこういう風に動くようにしたい。
……
これが延々と続いていくわけです。
漫画制作でいうところの『設定厨』に近い所があるのかもしれません。
ではどうすればいいか。
自分の動画製作にルールを設けます。
ルール:1つの動画に追加要素は1つまで

これが最重要かつ、僕に必要なことの本質だと思います。
思いついたことをあれやこれややろうとして、結局モリモリになって楽しくなりそうだけど続編が出ない。
初速の良い打ち切り漫画ですね。
僕は常々「染次郎は成長コンテンツだ」とも言っています。
つまりは『できていない状態』があるのは『余白』なのです。敢えてです。敢えて残していると考えるべきなのです。
そして次回、そこを埋めていく。
まず間違いなくその間にアイディアがさらに生まれていることでしょう。
ブログですらそうです。ネタ帳が飽和してもはやわけわからなくて手を付けられなくなっているのですから。
しかしブログ……言い換えましょう。『記録』のおもしろいところは、あとで振り返ったときに「あのときはあぁだったこうだった」がわかることです。それがわかるのは『ある程度の記録量がある状態』でなければなりません。
1年に数回しか書いていない日記に価値が生まれるのは5年分溜まってからです。5年後にようやく「この5年間で数十の記録ができた」と振り返られるのです。
動画についても同様です。
「あのときはまだあの仕様を思いついていなかったな」,「思いついていたアイディアがあったけど実装は先送りにした記憶がある、だからこのペースで投稿できているんだな」,「とうとうこの仕様を実装した!反響はないけど実は長期間かけてたから思い出深い」などなどあるはずです。
僕は実際、そういうことを配信でやりましたし、感じました。
配信はリアルタイムでお送りするので体調の影響が大きいですが、それを加味しても自分のこだわりを入れ込むためにペースを乱してしまったことは多々あります。
そういったリスクを減らす・分散させる意味でも、そして自分のペースをつかむためにも、このルールは重要なのです。
そしてこのルールの土台になっているのが『60%ルール』なのです。

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